実は、ずっと黙っていたんだけど僕バイセクシャルなんだ…

物心つく頃から自分がゲイであることに気づいていた。子供ながらに色々と考え、絶対に誰にも言ってはいけないと幼稚園の園庭の隅で密かに誓ったのをよく覚えている。

そんな僕も気がつけば高校生。

地元のまあまあな偏差値を有する学校に入学し、かねてから興味のあった書道部に入部した。ほとんどの部員が女子ばかりだった中で男子は僕と高橋くんの2人だけ。色々と気が合う僕たちは光の速さで仲良くなり、初めて心を許せる友達に巡り会えたと思った。

そんな彼に僕がカミングアウトするまで、そう時間はかからなかった。僕がゲイだと知っても彼の態度は全く変わらない。むしろ気を遣うことなどせず、あけすけに本音を言い合えるようになった。自分自身のことを話したことで僕たちはより一層お互いを理解できたのだ。もう、この2人の間に秘密など存在しないのだと信じて疑わなかった。あの時までは。

卒業式を目前にした寒さの厳しい頃に、僕は彼に告白をされた。

何の変哲もない休日の午後、LINEの通知音と共に彼からのメッセージがスマホに表示される。

「これを言ったら君は僕のことを嫌いになっちゃうと思う」

こんな恐ろしい前置きがあるだろうか。

なかなか用件を切り出さない彼に不安とイラつきを覚えながら僕は懇願する。

「お願いだから言ってよ!気になってしょうがないし、そんな簡単に高橋くんを嫌いになることはないよ」

「実は、ずっと黙っていたんだけど僕バイセクシャルなんだ…」

僕は、まず自分と似たような十字架を背負う彼に強い親近感を覚えた。続いて長い間一緒に過ごしてきたけど、全くわからなかった自分の鈍感さと僕はカミングアウトしているのに今まで黙っていた彼にショックを受けた。しかし当然そんなことで僕たちの友情は崩れない。

「そんなことで嫌いになるわけないじゃん!」

「いや…これ言おうかどうか悩んでたんだけど…今までずっと君のことが好きだったんだよね」

彼の歯切れが悪い理由がようやくわかった。全くの想定外の連続で混乱した僕は何て返信すればよいのかわからずに、しばらく既読をつけたままにしてしまった。なぜ今?なぜ僕が?なぜ彼が?疑問符がどこまでも連なっていく。

断っておくが彼にはその時付き合って2年ほどになる他校の女子がいた。初めて彼女ができたと僕に嬉しそうに話してくれた、あの日の映像が蘇る。「君も早く恋人を作れよ」とからかって「恋愛至上主義者が」と反論する僕と喧嘩したじゃないか。

絵の具のように気持ちが入り混じり、僕は視界不良に陥った。なおもLINEの通知は続く。

「無視しないで」

「何でもいいから返信してほしい」

「やっぱり僕のこと嫌いになった?」

……怖い、怖いぞ高橋くん。いつもの彼はどこにもいなかった。そこには好意を剥き出しにして迫る1人の男がいるだけだった。繰り返し響く軽快な通知音とは裏腹に、僕はどんどん気が重くなっていく。

悩んだ挙句、

「ごめん、高橋くんのことは友達以上に見ることはできない」

と一文を送信するので精一杯だった。間違った判断ではないと今でも思っている。端的に言ってしまえばタイプではなかった。説明が難しいが、高橋くんはワイシャツで廊下を歩いていると後輩等から教師と間違われて挨拶をされるような男である。僕はそんな彼を恋愛対象として見れなかったからこそ、良き友達として付き合えたのだ。

「やっぱりそうだよね。わかってた。明日からも変わらず接してほしい」

彼の自分自身に言い聞かせるようなメッセージを最後に、やりとりは終了した。

そして、「変わらず接してほしい」のは彼の方が気をつけなくてはいけないことに、その時はまだ誰も気づいていなかった。

翌朝、学校に行けばいつもと同じ教室やクラスメイトに混じって僕たちの昨日の会話は無かったことになっているだろう。そう思っていたが現実は違った。高橋くんは、お通夜における故人の近親者の如き顔立ちで教室に入ってきた。異変を感じたのは僕だけじゃない。皆が心配そうに彼を見つめては僕に何があったのかと聞いてくる。僕は僕でその状況に血の気がひく思いで、ひたすらすっとぼけていた。

さて、僕は高校生活のほぼ全ての時間を彼と共にしていた。これは大変なことになるぞ…と憂鬱の波が襲ってくるのを体の芯から感じた。

僕の予感は的中し、弁当を食べるときや教室移動の時、部活の時から下校に至るまでずっと気まずい思いをした。彼から話題を振ることはない。常に僕の一方的な話を聞いて、簡単な受け答えしかしなくなった。彼はSiriになったのだ。そう思わないとやってられない。

「なんでコイツ、こんなあからさまな態度とるんだよ…むかつくなあ…」と帰宅時、彼と並んでチャリを漕ぎながら思っていた。その時、高橋くんが口を開いた。

「ごめん…」

僕は思ったことを口に出してしまったのかと思って、チャリごとひっくり返りそうになったが、彼は続ける。

「僕があんなこと言ったから、色々気ィ使わせちゃって…」

「いや…別に大丈夫だよ。だから早く忘れて元気出して(笑)」

そう言った後、僕は己の発言を後悔した。高橋くんが今まで見たことないような悲しい顔でこちらを見てきたからだ。長い間付き合ってきた親友に告白するなんて同性、異性関係なくハードルが高い。彼にとっては一世一代の告白だった。それを「早く忘れて」などあんまりではないか。気まずい空気に耐えかねて、僕はよく2人でおしゃべりをする公園に彼を誘った。ちゃんと話そうよ、と言って。

夕方になると寒さも一段と厳しくなり、公園には僕たちしかいなかった。いつものベンチに腰掛けると、高橋くんはポツリポツリと話し始めた。

まずは何故僕に告白したかということ。

「それは君がゲイだって知ってるから、僕にも望みがあると思って…あと高校生活もそろそろ終わるから断られてもいいかなって…」

「でも高橋くん彼女いるじゃん。僕にも彼氏作れってよく言ってたじゃん」

「それは…君を忘れるためだよ。想いを断ち切るために僕は女の子と付き合ったんだ。そして君は誰か他の男と付き合って欲しかった」

なかなかの理論である。彼女に愛情がないわけではないだろうが、こんなセリフを聞かされたらたまったものじゃないだろう。

ふと気になって尋ねてみた。

「いつから僕のことを意識してたの?」

「最初に会ったときから。このまま一緒にいたら近いうちに絶対好きになるだろうなって思ってた」

「そ、そうだったんだ…全然気づかなかった…」

「本当に気づかなかった?あんなにボディタッチとかしてたのに」

そこでパズルのピースが少しずつ繋がっていった。そう、高橋くんはよく抱きついてきたり、膝の上に僕を座らせようとしていた。僕は友達とのスキンシップは得意じゃないので拒否すると彼はものすごく落ち込む。この世の終わりかのように。変なやつ…と思っていたが彼はその時、狩猟本能に駆られたオスの目をしていたのだ。背筋に感じたことのない悪寒が走る。

「セクハラじゃないか!きもちわ…」

「本当にごめんなさい…」

蚊の鳴くような声で彼は謝罪するものだから僕は高橋くんを責めることができなかった。我ながらお人好しだと思う。ゾッとしている自分をよそに、彼は溜まった膿を出し切らんと話し続ける。

「君に好きな人ができた話を聞くのはもちろん嫌だったし、教室で他の友達と仲良く話しているのを見るのも辛かったんだ。僕以外と遊ばないでほしいって本気で思ってた。ちょっとおかしいよね…」

ちょっとどころじゃねぇ〜!と声にならない声が僕を支配する。でも、友達を好きになったら僕もこうなるのかもしれない。好きな人が誰かと話すのを見るだけで切なくなるシチュエーションを歌ったJ-popが脳内で再生される。

「一度君と距離を置こうとしたんだけど、気づいてた?…修学旅行の頃なんだけど」

ハッとした。確かに修学旅行の班決めの時に高橋くんは他の友達の方に行ってしまい、僕はそれほど仲良くない人たちと班を作る羽目になった。というか彼以外に友達がほとんど居ない現実をまざまざと突きつけられた出来事として記憶している。あれはわざとだったのか。高橋め…。

「でもダメだった。君を忘れようとすればするほど胸が苦しくなって…かといって友達のままでいるのも辛くて」

「不誠実じゃない?そんな身勝手に僕を振り回さないで欲しかったな」

「ごめん」

今日だけで彼から何回謝罪されたのだろうと疲れ切った頭でぼうっと考える。

「話してくれてありがとう。今まで知らないうちに高橋くんを傷つけていたのかもしれない。でもやっぱり僕は友達として君と仲良くしていたいと思うよ」

「…うん、そう言ってくれると助かる。うん、ありがとう」

そうして僕たちは、それぞれの家路についた。

それから卒業式までの間、2人の関係が元通りになったと言えば嘘になる。しかしギクシャクしながらも、お互いの距離を測り合いながら僕たちは新たな関係の構築に努めた。卒業後も部活やクラスの打ち上げには彼も同席で、卒業アルバムを開くと大抵僕の隣には彼がいた。改めて高橋くんという存在の大きさを痛感する。

当時は相当ショックで、友達だと思っていたのは自分だけだったのかと凹んだりもした。しかし今になって考えると、高橋くんは本当に勇気を出して僕に気持ちを伝えたのだと思うと彼を尊敬せざるを得ない。「これを言ったら君は僕のことを嫌いになっちゃうと思う」という前置きが全てを物語っている。嫌われてもいいから何か行動を起こしたい。それも3年間という月日の中でずっと想っていたなんて。

僕は、どんなに好きでも脈のなさそうな人に告白なんてできない。少なくとも今まではそうだ。いつか好きでたまらない人ができたら、とりあえず行動を起こしたいと思う。そうすることで恋が成就しようがしまいが、新しい世界が広がったり面白い発見があることを僕は知っているから。

ちなみに高橋くんとは今でも時々会って話す仲だ。最近では当時から付き合っている、あの彼女との結婚を考えているらしい。

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この記事を書いた人

とにかく多趣味な美大生。自他ともに認めるロマンチストで、漫画・映像などの制作を日々精力的に続ける。

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